旅客機:その他のワイドボディ機

2012年10月24日 (水)

旧JASグループの旅客機

旧JALに引き続き、旧JAS。
具体的にはJASとJAC。HACは、最終的にグループを離脱したので含めなかった。

なお、JALとの経営統合の経過は次の通りである。
  2002年10月 共同持株会社設立(経営統合)
  2004年04月 日本航空ジャパンに商号変更、全便JAL便に
  2006年10月 JALに吸収合併

グラフは、
  コミューター機(80席未満)
  国内線向けの双発ナローボディ機
  国内線向けのワイドボディ機(多発ナローボディ機を含む)
  国際線向けの機材
という、大きく4区分で描いた。多発のナローボディ機(DC-8や727)はジェット黎明期の機材であり、ワイドボディ機で置き換えられたと考え、ワイドボディ機のカテゴリーに含めた。

なお旧JASグループの場合、A300B4とA300-600に国際線仕様があったが、運用時期が判然としないので国内線向けとして集計している。

旧JALグループの現有機材は、JALとの合併後に一挙に整理が進み、2012年4月時点で、コミューター機22機, 1,200席、国内線向けナローボディ機13機, 2,000席、国内線向けワイドボディ機7機, 2,600席、国際線向け機材なし、合計42機, 5,800席という陣容である。

Jas

コミューター機は、JACが運行している。
JACは、1983年にDo228, 2機で運行を開始した。その後JASからYS-11を路線ごと移管を受けた。
1992年から、Do228をSaab340Bで置き換え、1995年4月時点では、YS-11とSaabの2機種による18機の陣容となった。

その後、Saabの増備を続ける一方、経営統合後の2002年よりDHC-8-400の導入を始め、YS-11を置き換えた。
2012年4月現在、DHC-8-400が11機、Saab340Bが11機、合計22機の陣容である。
シンプルな置き換えと、フリートの拡大である。

Jascommuter

ナローボディ機は、YS-11からスタートした。その後、行政指導でJALに召し上げられていた727が返還されるが、当時のTDAは2名乗務のDC-9を選択し、1980年4月時点では、この2機種による64機のフリートが形成された。ナローボディ機の機数のピークは1980年から82年の3年間で、席数的にもその後と遜色のない規模に達していた。

1981年からDC-9-41のDC-9-81への置き換えが始まり、YS-11も若干数を減らし、1985年4月時点では、3機種による57機の陣容となり、機材の大型化が始まる。
1985年からはDC-9-81と同型ながら新世代のコクピットを備えたMD-81の導入が、また1988年からはMD-81と同世代で短胴のMD-87の導入も始まったが、これらはDC-9-41を置き換えるというよりは、YS-11をジェット化、大型化するという意味合いが強いようだ。またこの間、JACへのYS路線の移管が始まった。1992年4月時点では、5機種による55機の陣容となった。

その後、DC-9-41/81の置き換えが、MD-81の増備、MD-81をグラスコクピット化したMD-90の導入で進められ、2000年から2007年の8年間、MD-81/87/90の3機種による42機体制が続いた。

JALへの吸収合併後、まずMD-87が早々に淘汰された。次いで一部がJEXに移管されたMD-81が淘汰された。そして最後にMD-90の淘汰が現在進められている。
この間JALでは737-800の大量増備が行われているが、737-800はこれらMDの3機種, 42機に加え、JEXの737-400, 8機も置き換えており、MDの3機種の一部は削減対象であったことがわかる。

Jasnarrow

ワイドボディー機は、かつては45/47体制の下で国内幹線への就航に制約があったこともあり、JALやANAより導入時期が遅く、1980年より始められた。
機種はエアバスのA300で、B2型、B4型、600型と一貫して増備が続けられ、JALとの経営統合前までに、3機種合わせて36機が導入された。これらの一部は国際線にも運用された。
また、1996年からはA300と平行して、777-200が7機導入され、2000年から2002年の間は、これら4機種による43機の陣容となった。

JALとの経営統合を経て、まずB2/B4型3機が600型で置き換えられ、その後B2/B4型が順次削減されていった。JALへの吸収合併後の2007年4月時点では、A300B2/B4の淘汰が終わり、A300-600と777-200の2機種による29機の陣容となる。
この状態が、JALの会社更生法申請の2010年まで続いた。しかし、その後2011年までの1年間で、22機のA300-600が一挙に淘汰され、2012年4月現在、777-200の7機に整理された。

Jaswide

最後に国際線向けの機材。
JASは、45/47体制の崩壊を受け、1988年より国際定期便に就航した。当初はA300B4の一部に国際線仕様を設定したが、同時に長距離の路線就航に向けて、DC-10-30を2機導入した。
しかしDC-10を生かす路線開拓が思うように進まず、後に傘下のハーレクィンエアによるチャーター運用などを経て、2000年までに退役した。


全体として眺めると、1970年代から1980年代前半はYS-11とDC-9による基礎固めの時代、1980年代後半から1990年代前半はワイドボディ機の導入期、1990年代後半から一挙に拡大を図ったが、2000年代に入り破綻し、JALとの統合に至った。1990年代後半に一挙に拡大路線に転じていた事が、2000年代の環境変化への対応を困難にしたと考えられる。
統合後のJASの処分は、JACの路線と機体、MDが飛んでいた地方路線(機体は737-800へ転換)、そして777-200の機体の3つを残して解体されたと見る事ができよう。

2012年10月22日 (月)

旧JALグループの旅客機

ANAに引き続きJAL。
まずは、JAS, JACを除いた旧JALグループ。具体的には、JAL, JEX, JTA, J-AIR, RACの5社。

グラフは、
  コミューター機(80席未満)
  国内線向けの双発ナローボディ機
  国内線向けのワイドボディ機(多発ナローボディ機を含む)
  国際線向けの機材
という、大きく4区分で描いた。多発のナローボディ機(DC-8や727)はジェット黎明期の機材であり、ワイドボディ機で置き換えられたと考え、ワイドボディ機のカテゴリーに含めた。

なお旧JALグループの場合、767-200が国際線・国内線共通機材であったが、国内線向けとして集計している。

旧JALグループの現有機材は、2012年4月時点で、コミューター機24機, 1,400席、国内線向けナローボディ機48機, 7,600席、国内線向けワイドボディ機35機, 11,700席、国際線向け機材64機, 約14,800席、合計171機, 35,600席という陣容である。

Jal

コミューター機は、J-AIRとRACの2社が運行している。
J-AIRは、1991年に前身である西瀬戸エアリンクのEMB-110, 2機をジャルフライトアカデミーが引き継いで発足したが、早々にBAe Jetstream, 5機に置き換えられた。2000年からこれをCRJ-200, 9機で置き換え、2008年からERJ-170, 10機を増備している。

RACは、1987年に独立会社として運行開始後、1991年にJTAの傘下に入った。当初はBN-2, 2機であったが、1992年にSWAL(後のJTA)のDHC-6を路線ごと移管を受けた。1997年から、DHC-6をDHC-8-100, 4機で置き換えるとともに、DHC-8-300も1機導入した。BN-2は、2009年に退役した。

2012年4月現在、ERJ-170が10機、CRJ-200が9機、DHC-8-300が1機、DHC-8-100が4機、合計24機の陣容である。
今後は、ERJ-170の増備が予定されている。

Jalcommuter

ナローボディ機は、45/47体制の下、1995年まではJTAのみの運行であった。
JTAは、1970年時点ではYS-11のみであったが、1978年から737-200の導入を始め、1994年からは737-400を導入し、先の2機種を置き換えた。

JALは1995年から737-400の導入を始め、1998年より運行の主力をJEXに移管した。2006年より737-800の導入を始めた。737-400はJTAに移管し、JTAの中古導入機を淘汰した。2008年から737-800の怒濤の導入が続いているが、これにはJASのMD-81/87/90の置き換え分も含まれていると考えられる。

2012年4月現在、737-800が32機、737-400が16機、合計48機の陣容である。
今後は、737-800の導入が続くが、2013年で一段落しそうである。737-400は、一部の退役が予定されているほか、置き換えは繰り延べとなっている模様である。

Jalnarrow

ワイドボディー機は、かつては45/47体制の下、JALの国内線の主力であった。
1970年時点では、CV-880や727-100が中心であったが、DC-8-61での置き換えが急速に進み、1976年4月時点では、DC-8-61を主力に、747SRも加え30機の陣容であった。727-100は、国内線・近距離国際線兼用として2機が残され、1987年まで使われた。
1983年4月時点では、DC-10の導入を終え、DC-8を半減し、33機の陣容となった。
1988年4月時点では、DC-8の退役を終え、747のClassic型、DC-10に、767-200/300も加え、32機の陣容となり、機材の大型化が進んだ。なお、767-200は、727-100に代わる、国内線・近距離国際線用の機材であった。

その後、747のClassic型を747-400Dで置き換えつつ、767-300の増備も行われ、1994年4月時点では38機の陣容となり、機数の増加に軸足が移る。
この傾向はその後も続き、DC-10を置き換えつつ、767-300、777-200/300の増備・導入が続き、2004〜5年には、51機の最盛期を迎える。この時点でも、747のClassic型が7機も残っていた。

その後、747のClassic型の本格的な退役が始まるが、会社更生法申請前年の2009年4月時点では、まだ合計47機を擁していた。
会社更生法申請後の動きは劇的で、747及び767-200を全廃し、767-300、777-200/300の3機種による35機に整理された。この間、767-300の初期導入機が、767-300/ERの国内線仕様により置き換えが始まった。

Jalwide

最後に国際線向けの機材。国内線向けのワイドボディ機と似た経過をたどっている。
1976年4月時点では、DC-8と747がほぼ同数で、37機の陣容であった。
1982年4月時点では、DC-10の導入を終え、DC-830/50を淘汰し、747も増備して、45機の陣容となった。
1989年4月時点では、DC-8の退役を終え、747をさらに増備し、DC-10の国内線からの転用も加え、55機の陣容となった。機材の大型化とともに、機数の増加も果たしている。

1990年から747-400の導入が始まるが、747のClassic型の退役は一部にとどまり、DC-10を残したままMD-11の導入も進め、1997年4月時点には84機を擁する最盛期を迎えた。767-300シリーズは、近距離専用の300型が2機導入されたのみで、300/ER型はまだ導入されていない。

その後、747 Classic型、DC-10、MD-11の退役が始まり、代わって747-400の増備、767-300/ER、777-200/ER、777-300/ERの導入が進められ、2006年4月時点では、DC-10、MD-11の退役が終わり、新世代機を中心に79機の陣容となる。しかし、747 Classic型が14機、747-400が34機と、まだ747がフリートの中核であった。
会社更生法申請までの間に、767-300/ER、777-300/ERによる747-Classic型の置き換えが進んだが、申請前年の2009年4月時点で、5機の747 Classic型、29機の747-400を擁していた。
そして会社更生法申請後は、これらの747型が一挙に淘汰される一方、若干の767-300/ER、777-300/ER、787が導入されただけで、ワイドボディ機は約2/3に整理された。
この間、アジア路線向けに737-800の国際線仕様が9機導入され、機材のダウンサイジングに拍車をかけている。
2012年4月時点では、767-300/ERが29機、777-200/ERが11機、777-300/ERが13機、787-8が2機、737-800が9機、合計64機の陣容である。

Jalint

全体として眺めると、1970〜80年代は国際線の形成期、国内幹線の充実期、1990年代は国際線の躍進期、国内線亜幹線への進出期であった。しかし2000年代に入って環境変化への対応が遅れ、国際線・国内線ともにフリートの再構築が後手に回り、会社更生法申請を経て2010年代に入って会社再建の中で一気にリストラクチャリングが進められたと見る事ができる。

2012年10月14日 (日)

ANAグループの旅客機

機種別のリスト作成、機材の大きさ別の考察が終わったので、最後に会社別の考察。

グラフは、

  コミューター機(80席未満, グループ内のコミューター航空運行のYS-11はこちら)
  国内線向けの双発ナローボディ機(グループ親会社運行のYS-11はこちら)
  国内線向けのワイドボディ機(多発ナローボディ機を含む)
  国際線向けの機材

という、大きく4区分で描いた。多発のナローボディ機(DC-8や727)はジェット黎明期の機材であり、ワイドボディ機で置き換えられたと考え、ワイドボディ機のカテゴリーに含めた。

JALは経営統合があって複雑なので、まずはANAグループを考察し、大きな流れを把握する。

なおANAグループの場合、国際線で運用されたL-1011と747SRは運用時期が判然としないため、777-200の元国際線仕様は運用時期が判然としない事と当初より頻繁に国内線での運用があったようであるため、すべて国内線向けとして集計している。

ANAグループの現有機材は、2012年4月時点で、コミューター機21機, 1,500席、国内線向けナローボディ機70機, 10,400席、国内線向けワイドボディ機67機, 24,000席、国際線向け機材59機, 約12,700席、合計217機, 48,600席という陣容である。

Ana

コミューター機は、まず1974年からエアーニッポン(ANK, 当時は日本近距離航空)のDHC-6が、1978年からはANKに移籍したYS-11も運行された。
その後エアーセントラルのフォッカー50をはさんで、2001年からANAウイングス(AKX)のDHC-8-Q300とDHC-8-Q400に置き換えられていった。
コミューター機は、空港の滑走路延長に伴って機材の大型化やジェット化が行われる場合があり、一概に後継機を挙げることが適切でない場合があるが、おおよその変遷は下図のとおりである。

2011年からは、Q300型の退役が始まり、Q400型への機種統一が進められている。2012年4月現在、DHC-8-300が3機、DHC-8-400が18機、合計21機の陣容である。

Anacommuter

国内線向けの双発ナローボディ機は、1970年時点ではフォッカーF27がまだ残っていたが、程なくYS-11へ置き換えられ、737-200の導入も進んだ。これらの2機種による40機以上の状況が1990年まで続いた(ANKのYS-11を含む)。

1991年から、A320による置き換えが始まり、1995年からは737-500も加わった。また1998年からはA321、2000年からは中古の747-400も2機導入され、2004年4月時点でこれら4機種による62機となった。
737-200は主にA320で、YS-11は主に737-500で置き換えられ、A321はワイドボディの767-200の置き換えであったと考えられる。

その後、2005年から737-700の導入が始まる一方、A320の初期導入機やA321の退役が始まった。さらに2008年からは737-800の導入も始まり、2012年4月現在、A320が21機、737-500が16機(他にADOに7機が移籍)、737-700が16機、737-800が17機、合計70機の陣容である。
2004年以降の動きは、機材の大きさに関係性が見られず、ワイドボディ機を含めたフリートの再構築(とボーイングへの統一)が行われていると考えるべきだろう。

今後は、737-800が10機発注中であるがA320を代替する規模ではなく、また737-500の後継機も明らかにされておらず、エアバス、新旧737の混成編隊がしばらく続くと思われる。

Ananarrow

国内線向けのワイドボディ機は、1970年時点は727-100から727-200への移行途中であり、1974年に完了する。平行して1973年からL-1011の導入も始まり、1978年半ばまでに2機種合わせて47機が導入される。
しかしそれも束の間、1978年末から747SRの導入が始まり、かわって727-200、L-1011の一部が退役し、1983年4月時点では、3機種合わせて56機となった。

次いで、1983年から767-200の導入が始まる。導入時期や機数から、767-200は、主として727-200の後継として導入されたとみることができる。
767-200の導入が終わると、1987年から767-300の導入が始まる。727-200の退役が終わった1991年4月時点では、L-1011、747SR、767-200、767-300の4機種による71機となった。

1992年から747-400Dの導入が始まり、引き続き、1995年から777-200、1998年からは777-300の導入が始まった。この間、L-1011、747SR、767-200の退役が始まる。L-1011の退役が終わった1999年4月時点では、747SRが12機、747-400Dが11機、767-200が18機、767-300が35機、777-200が12機、777-300が4機、合計92機という最盛期を迎える。
L-1011は、早期退役機は747SRで、中期は767-200で、最終期は767-300と747-400Dで複合的に置き換えられていると読み取れる。

その後、747SR、767-200の退役を進める一方、777-200/300の増備を進め、2006年4月時点では、747-400D、767-300、777-200、777-300の4機種による70機に整理された。
747SR、767-200を補うほどの777の導入は行われず、22機の減少となっている。一部はA321などのナローボディ機で置き換えられた他、バブル崩壊後の経済情勢や、羽田空港の沖合展開、伊丹空港の多発機の乗り入れ禁止になどに対応するフリートの再構築が行われたと考えられる。

その後は、747-400Dの退役を進めながら、2011年から787の導入が始まり、2012年4月現在、747-400Dが8機、767-300が32機、777-200が16機、777-300が7機、787-8が4機、合計67機の陣容である。

今後は、777-200/ERの国内線仕様と、787の増備が予定されており、それに応じて767-300の初期導入機の退役が進むものと考えられる。

Anawide

最後に国際線向けの機材。
ANAの国際定期便への進出は1986年であり、当初はL-1011を使用し、順次747-200Bの導入を進めた。747-200Bに引き続き、767-300/ER、747-400の導入を進め、747-200Bの導入が終わった1991年4月時点では、これら3機種による11機となった。

その後、747-400の導入が終わると、引き続き1999年から777-200/ER、2004年から777-300/ERの導入が始まる一方、747-200Bの退役がはじまった。747-200Bの退役、777-200/ERの導入が終わった2007年4月時点では、747-400、767-300/ER、777-200/ER、777-300/ERの4機種による48機となった。

その後、747-400の退役を一気に進めるとともに、787の導入や、A320、737-700/ERなどアジア路線向けのナローボディ機も加え、2012年4月現在、767-300/ERが25機、777-200/ERが7機、777-300/ERが19機、787-8が2機、A320が4機、737-700/ERが2機、合計59機の陣容である。

767-300/ERは、この間導入し続けられてきたが、787の導入が始まり、今後は初期導入機の退役や、場合によっては国内線への転用も考えられる。
747は、200B型は747-400と777-200/ERで、747-400は、777-200/ERと777-300/ERで置き換えられたと考えられる。
国際線向け機材については、国内線で見られたフリートの再構築の動きは見られない。

Anaint

全体として眺めると、1970年代は国内線向けワイドボディ機の増備期、1980年代は小康期、1990年代はYS-11のジェット化とワイドボディ機の大量増備期、そして国際線への進出期、2000年代は国内線のフリート再構築期と国際線の躍進期といった特色が見えてくる。

特に2000以降は、国内線ではワイドボディ機の整理とナローボディ機の増備が進み、機数は横ばい、席数はやや減少というダウンサイジングが急速に進んでいるのに対し、国際線はダウンサイジングを進めつつ、機数、席数ともに伸ばしており、国内線のプレミアムクラスの充実とともに、フルサービスキャリアの道を邁進している事がわかる。

2012年9月26日 (水)

にほんのワイドボディ機・貨物型編=日本の貨物専用機

最後に、貨物型。
DC-8の貨物型も加えて「にほんの貨物専用機」を兼用。

まずJAL。
JALは、1965年のDC-8F-55型から貨物機の運航を始めている。8F型は混載型であるが、後に貨物専用として使われたようである。その後62AF型を加え、1972年から79年の8年間は7機のフリートを形成した。
その後1974年から747の導入が始まる。当初は、1977年の100型からのSF型改修1機を除いて、パンナムの中古機2機を含めて200F型の導入が1980年代いっぱい続いた。1991年に中古機を購入してSF型改修した200B/SF型1機をもって導入は一段落する。1990年代のフリート数は8〜11機である。
その後2000年から、まず200B型2機のSF型改修、400F型2機の増備が始まった。400F型はベアメタルが特徴であった。そして2006年から200F型、200B/SF型を置換えるように、400型が6機BCF型改修された。2010年の貨物専用機廃止時には、クラシック型は退役を完了し、400F型2機、400/BCF型6機であった。6機目のBCF型は、改修されたものの運行されることなく売却された。
767は、2007年に300F型が3機導入され、貨物専用機廃止まで運用された。

次いで日本貨物航空(NCA)。
NCAは、ANAと海運各社合弁の貨物専門航空会社として設立された。
1984年の就航は200F型の新造機でスタートし、1991年までに200F型6機のフリートを形成した。1993年以降はANAから移籍したSR型, 200B型のSF型改修を5機増備し11機体制となる。
2005年には、400F型の新造機を受領する一方、ANAが経営から撤退し日本郵船系列の会社となる。その後クラシック型を急速に淘汰し、2008年には400F型8機体制に移行した。400F型は他に2機を所有し、海外にリースしている。
2012年からは、ローンチカスタマーである8F型の受領が始まった。2014年よりの10機体制が表明されているが、余剰の400F型はリースに廻されるものと考えられる。

3番目はANA。
2005年にNCAから撤退したANAは、これを見越していたのか、2002年から767-300/F型の導入を始めている。2006年までに300/F型4機を導入した後、2008年からは300/ER型のBCF型改修を始め、2010年までの3年間で7機を改修した。
一方、300/F型は、BCF型が揃った2011年に2機を放出している。余剰機はリセールバリューの高い新しいものから放出するANAならではの措置である。

最後にギャラクシーエアラインズ(GXY)。
佐川急便傘下のGXYは、2006年10月31日に就航したが、原油価格の高騰などに対応できず、2008年9月28日に運行を終了した。わずか2年足らずであった。
機材はA300-600型を2機導入し、1機目は元中華航空の600R型を貨物型に改修したもの、もう1機は貨物型の新造機であった。

日本の貨物専用機は、JALの撤退、GXYの失敗を経て、ワールドワイドに展開する日本郵船傘下のNCAと、那覇をハブに東アジアに展開するANAの2社が運行し、紆余曲折を経て総数十数機の体制に収束している。

ということで、特に更新はないが、関連する機種のリスト。
にほんのボーイング747
にほんのボーイング767
にほんのエアバスA300
にほんのダグラスDC-8

Widebody_cargo

2012年9月25日 (火)

にほんのワイドボディ機・国際線用長距離仕様編

引き続き、国際線用長距離仕様。
機材のキャパシティの面から機種間の関係をみると、明快な置き換えの関係性が見られない。
極端なのは、777-300/ERより777-200/ERの方がキャパシティが大きい事。また全体的に、新しい機材ほどキャパシティが小さくなっていく傾向もある。

これは、わが国の航空会社の国際線の集客の形が変わってきている事を示しているのだろうか。かつてはJALパックに代表されるツアーを自ら募集し集客ていた。しかし海外旅行が一般化し、ツアーは価格が安ければ航空会社などどこでも良い時代である。正規の料金で乗ってくれるビジネス客をターゲットとした、快適性を優先する仕様に変化していると考えられる。このことは、同一機種でも複数の客室仕様があることからも伺え、飛行時間や客層に応じた対応を図っている様子が分かる。
唯一、従来からの近距離ツアー仕様なのが777-200/ERの300席仕様ということか。

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747は、100型, 200B型, 300型のクラシック型が1990年まで増備され延べ51が導入された。1990年からは増備は新世代の400型に引き継がれる一方、100型の退役や200B型の貨物型への改修が徐々に始まった。その結果、1992年から2002年の11年間にわたって、70機以上が運用された。その後は、クラシック型から退役が本格化するとともに、400型の退役や貨物型への改修も始まった。クラシック型の退役が終わった2010年からは、400型が一気に退役し、2011年に終了した。

DC-10は、1977年から導入され、国内線仕様からのコンバート、MD-11型の増備、JASでの導入など一貫して増加が続き、1997年から99年の3年間は最大25機が運用された。しかし2000年から退役が始まり、2005年には終了した。

767-300/ERは、当初ANAのみが導入し、2002年以降JALでも導入が始まった。ANAではL-1011の国際線仕様の置き換え、JALではDC-10、MD-11の置き換えと見る事ができる。ANAの初期導入機の貨物型への改修が始まっているが、2012年4月時点で53機の旅客型が運用中である。今後の導入は787に移ると考えられる。

777は、200型が1999年から、300型が2004年から導入が始まり、2012年4月時点で200型が18機、300型が32機導入されている。導入はひとまず落ち着いている。

この間、L-1011の一部, A300の一部, JALの767-200の一部などが国際線に投入された時期があったが、運行期間が判然としないためここでは割愛する。

2011年からは、遅れていた787の納入が始まった。既存路線への投入もあるが、その航続距離を生かした新規の直行路線の開拓が目立っている。


国際線仕様のワイドボディ機は、747の急速な退役の中でもあまり機数を落とさずに推移しているが、総席数は747の本格的な淘汰が始まった2009年頃から急速に減少しており、LCCの台頭など経営環境の変化に対応したダウンサイジングが進んでいると考えられる。

ということで、特に更新はないが、関連する機種のリスト。
にほんのボーイング747
にほんのボーイング767
にほんのボーイング777
にほんのボーイング787
にほんのマクドネル・ダグラスDC-10, MD-11

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2012年9月24日 (月)

にほんのワイドボディ機・国内線用短距離仕様編

ワイドボディ機のリスト作成が終わったので考察。

まず、国内線用短距離仕様。
機材のキャパシティの面から機種間の関係をみると、次のような代替関係がありそうだ。

500席級:747┌→ 777-300
└→ 777-200(400席級に小型化)
300席級:DC-10, L-1011┌→ 767-300(300席弱とやや小振りだが)
└→ 777-200(400席級に大型化)
300席級:A300─→ ???
300席級:767-300─→ 787-8 (2度目の更新)
200席級:727-200─→ 767-200(50席ほど大型化)
200席級:767-200─→ 767-300(35席ほど大型化とスーパーシート設置)

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747は、2000年頃から退役が始まり、それが2005年以降急速に進んだ結果、現在はANAの7機を残すのみとなっている。会社別にみると、JALは初期のSR型を100B/SR, 100B/SR/SUD, 300/SRなどで置き換えた後、400D型を増備している。一方ANAは、SR型を温存しながら、400D型を増備している。そして両者とも2000年頃から、機齢の高いクラシック型から退役を進め、JALは2009年に、ANAは2005年にクラシック型の退役を終えている。400D型の退役は、JALは2010年度に一挙に退役させているの対して、ANAは2007年から徐々に進めている。
最盛期42機あった747に対して、ほぼ同規模の777-300は14機に過ぎず、これを777-200、33機で補っている。しかし、国内線用の777の導入は2005年頃までに大半が終了しており、747-400Dの退役はその後である。747と777を合わせた席数を計算すると、最盛期は2000年前後の3.5万席であったのに対し、現在はおよそ2.4万席まで減少している。羽田の新ABC滑走路の供用完了が2000年、伊丹の3発以上機の乗り入れ禁止が2006年であり、両社はこれらの環境変化に対応する準備を2005年頃までに終え、ダウンサイジングを進めてきたことがわかる。

DC-10は、国内線ではマイナーな機種であったことがわかる。現在であれば、767-300の導入が始まった時点で早々に退役と考えられるが、当時は50席のキャパしディの差は大きかったのかもしれない。
L-1011は、DC-10に比べると早期に退役しているように見える。しかし、退役までの機齢をみると、L-1011の早期退役の数機を除いて、DC-10もL-1011も概ね20年であり、当時はよほどの理由がなければ導入した機材は使い切る時代であったと言えよう。

767-200は、国内線ではJALは導入しなかった。ワイドボディ機としてはキャパシティが小さく、ANAでは727の更新として導入されたと考えられる。2000年前後で急速に退役している。ダウンサイジングしてA320/A320などで置き換えられた一方、一部は767-300に大型化されたと考えられる。767-200は、このほかSKYとAIR DOが1機ずつ導入しているが2年以内で退役している。

767-300(国内線仕様のER型を含む)は、現在の国内線の柱の一つとなっている。2012年4月の時点で57機、総席数1.5万席を有している。初期導入機の退役が始まっているが、JALは787遅延の補償と思われる767-300/ER型で、ANAは787の国内線仕様で置き換えられている。今後は、ANAは787での置き換えが続くと考えられるが、JALの初期導入機がどのように置き換えられるかが注目される。300/ER型の国内線コンバートなどがあるのだろうか?
SKYが導入した6機は2008年までに737に置き換えられている。またAIR DOは4機を運用中である。

777は、747の節でみたように、国内航空環境の変化の中で幹線用の必要機数が導入されていると考えられる。主力は200型で21機、1.2万席、300型は14機、0.7万席である(いずれも2012年4月時点)。今後は、ANAで国内線仕様の200/ER型の増備が若干計画されている。

最後にA300である。
B2/B4型のあと、増備の形で600型が導入され最大36機が同時に運用されていた。しかし、JASとJALの経営統合後直ちにB2/B4型が退役し、2011年には600型も退役を完了している。B2/B4型の退役時には777の導入が若干あり、600型の導入時にも767-300/ER型の導入が若干あるが、A300を置き換えるには到底及ばない。グラフを見ても2000年以降のワイドボディ機の縮小は、A300に負うところが大きい。この点は、後日会社ごとの分析で検討する。


国内線仕様のワイドボディ機は、航空環境の変化を受けてダウンサイジングが急速に進んでいる。同キャパシティで単純な置き換えが進むのではなく、747を767で置き換え、767を737で置き換えると言った玉突き型の置き換えも行われていると考えられる。A300の代替がどうやって行われたかを含め、会社別の考察が必要そうである。

ということで、特に更新はないが、関連する機種のリスト。
にほんのボーイング747
にほんのボーイング767
にほんのボーイング777
にほんのボーイング787
にほんのロッキードL-1011トライスター
にほんのマクドネル・ダグラスDC-10, MD-11
にほんのエアバスA300

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2012年9月19日 (水)

「にほんのマクドネル・ダグラスDC-10, MD-11」を公開

マクドネル・ダグラスDC-10は、ライバル機であるトライスターと同時期に、同じく北米大陸横断路線向けのワイドボディ3発機として開発された機体である。機体の大きさはトライスターとほぼ同じであるが、第2エンジンの装着に前例のあるS字ダクトを採用したトライスターに対して、DC-10は垂直尾翼を貫くように真直ぐのダクトを採用した事が大きな特色である。この真直ぐのダクトのおかげで、ロールスロイス製のエンジンしか搭載できなかったトライスターに対して、GE製、PW製のエンジンを選択する事ができた。

また、MD-11は、2人乗務のグラスコクピット、新型エンジン、ウイングレットなどの近代化と、胴体の延長を行った発展型である。

わが国では、当初、JALに導入された。
1976年から83年の8年間に、40型10機、40D型10機の合計20機が導入された。最初に導入されたのは、国内線向けの40D型で、これは短距離用に最大離陸重量を制限するかわりに、胴体中央の主脚を省いた型である。約半年遅れで国際線向けの長距離仕様である40型の導入も始まった。エンジンは、747との共通化を図って、PW製が選ばれた。その後、767-300型の国内線への導入が始まった1986年から88年まで、毎年1機ずつ合計3機が、40D型から40型に改修され、国内線と国際線の需給調整が行われ、40型13機、40D型7機の20機体制が1993年まで続いた。
40D型は国内亜幹線で、40型は747ではキャパシティの大きすぎる国際線に運行された。国内線の客室は、当初はオールエコノミーであったが(この時期の座席数は判然としない)、1986年からはスーパーシート(ビジネスクラス相当)が導入され、ビジネス18席、エコノミー300席の計318席で運用された。国際線は、ビジネス39席、エコノミー225(227)席の計264(266)席の長距離線仕様と、ビジネス12席、エコノミー272席の計284席の中距離線仕様の2通りがあった。後者は、リゾッチャ塗装であった。

国内線向けの40D型は、777-200/300型の国内線への導入が始まった1997年から退役が始まり、2003年に完了した。今回は、国際線用にはMD-11の導入が始まっており、40型に改修し国際線へ転用されることはなかった。40D型は、全機が最後までランドー塗装であった。

MD-11は、1993年から97年までの4年間に10機が導入された。すべて国際線向けであったが、ビジネス65席、エコノミー168席の計233席の長距離線仕様が5機と、ビジネス38席、エコノミー262席の計300席と、ビジネス66席、エコノミー198席の計264席の2通りの中距離線仕様が5機であった。エンジンはPW製で、全機に野鳥の名前をつけ「J Bird」の愛称で呼ばれた。
MD-11は、改設計を巡る操縦の難しさもあってか、経済性に優れる777-200/ER型の導入が始まると2002年から退役が始まり、DC-10より早い2004年に、最長機齢10年で退役が完了した。1機がアーク塗装に改められた他は、最後までランドー塗装であった。

DC-10の40型は、MD-11より遅く2003年から退役が始まり、2005年に完了した。MD-11と異なり、5機がアーク塗装に改められた。

退役後の行方は、DC-10-40D型は、その多くが貨物型に改修され活躍したが、現在は1機を除いて退役している。DC-10-40型は、退役時の機齢が高く、1機を除いて再び運用されることなく保管又は部品取りとなっている。1機は、オメガ航空で空中給油機に改修され運用中である。
MD-11は、10機すべてがUPSに引き取られ、貨物型に改修され運用中である。このまとまった売却先があったことが、DC-10を追い越して一気に退役させられた理由かもしれない。

もう1社、わが国でDC-10を導入したのが、JASである。
45/47体制の崩壊による1988年の本格的な国際線への進出に備え、洋上飛行も可能な長距離型である30/ER型が2機導入された。TDA/JASでは毎度のことであるが、MD-11のローンチが発表され、KC-10の生産でラインが維持されている状況下での発注であった(今回は最終生産機ではない)。
1988年3月に1号機が、同7月に2号機が納入されたが、経済情勢や成田空港の発着枠の問題などから運行体制の確立がままならず、納入された2号機を1年間大韓航空にリースするという憂き目に遭っている。
その後もホノルル線の早期撤退など、30/ER型を生かせる環境が整わず、1号機を1997年から傘下のハーレクィンエアに移管するなどしたが、2000年に2機とも退役している。
退役後は2機ともアメリカで運用されたが、現在は保管となっている。

そして、運行会社、機体の国籍ともにアメリカでわが国の航空会社とは言えないが、ミネベア航空が30CF型を1機導入している。同社は、日本のミネベア社がタイの生産拠点のと間で人員や資材の輸送を行うための航空会社で、同社のサイトでも「社有機」と記述されている。
機体はサベナ航空の中古機であったが、資材の現地調達の高まり、代替となる貨客混載の適当な中古機がないことなどから、2002年に運行を終了し、会社を清算している。機体は、アメリカ、ジンバブエと渡り歩いたが、現在は保管となっている。

ということで、「にほんのマクドネル・ダグラスDC-10, MD-11」を公開。

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2012年9月17日 (月)

「にほんのロッキードL-1011トライスター」を公開

ロッキード社が、ターボプロップ機であるL-188エレクトラ(P-3Cの原型機)の開発・販売にかかずらっていたり、C-5やC-141などの軍用輸送機の受注に浮かれている間に、旅客機の市場は、707やDC-8などの長距離型だけでなく、727やDC-9などの中短距離型までもジェット化が進み、さらには大型機である747計画も具体化しつつあった。
こうした状況を一気に打開すべく開発されたのがL-1011トライスターで、同社初のジェット旅客機にしてワイドボディ機であった。第2エンジンにS字ダクトを使用する3発機であり、S字ダクトの設計はロールスロイス製のエンジンに特化しており、他のエンジンは搭載できなかった。

わが国では、疑獄事件を引き起こすような販売競争の末、ANAに導入された。
1973年から78年の5年間で21機が導入され、ANAの国内幹線の機材大型化に貢献した。機種は中短距離型の1型で、客室はオールエコノミーの326席であった。

しかし、70年代の旅客需要の伸びは予想を上回り、ANAでは500席級の747SRの導入に踏み切ることとなり、これと入れ替わるように、機齢10年に満たない1981年から一部の退役が始まった。
ところが45/47体制の崩壊により、ANAも国際線定期便に進出することとなり、1986年から始まった初期の国際線運行機材に選ばれ、都合4機が国際線で運行された。国際線仕様では、ファースト20席、ビジネス47席、エコノミー189席の計256席で運用されたようである。残る国内線機材も、需要の大きなローカル線に活路を見出し、1986年から1992年の6年間は11機体制で運用された。
しかし、より経済性の高い双発機である767-300型や777-200型に置き換えられる形で、1993年より再び退役が始まり、1995年に退役が完了した。

1980年代の退役機は、売却先で航続距離延長型である100型に改修されるなどして活躍したが、1990年代の退役機では直接解体されるものもあった。現在では21機すべてが、解体・部品取り・事故抹消などとなり、現存する機体は存在しない。

ということで、「にほんのロッキードL-1011トライスター」を公開。

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2012年9月15日 (土)

「にほんのエアバスA300 」を公開

エアバスA300は、エアバス社の最初の製品であり、また世界初の双発ワイドボディー機である。わが国では、TDA/JASが導入した。TDA初のワイドボディー機であったが、DC-9の時と同じく、DC-10のJAL、トライスターのANAとは異なる道が選ばれた。

当初は、短距離型のB2型を1981年から83年の3年間で9機導入。後にTDA/JASのコーポレートカラーとなるレインボーカラーは、エアバス社のデモフライト機の塗装であった。生産の主力が航続距離延長型のB4型に移った後での導入であり、最終2機はB2型の最終2機でもある。
エンジンはGE製が選ばれ、客室は、A300の命名の由来にふさわしく、オールエコノミーの298席であった。

3年後の1986年から増備が始まるが、生産はB2型はもとよりB4型も終了し、2人乗務のコクピットを持つ新世代の600型に移行していた。しかしTDAでは、パイロット資格の共通化を図るため、B4型の中古機を導入した。DC-9-80の導入に際して、DC-9-41とのパイロット資格の共通化を図った時と同様の措置である(DC-9の場合は新造機だったが)。
B4型は、B2型の航続距離延長型で、国際線への進出を狙っていたTDAとしては、自社の既存インフラを活用しながら、グアム、サイパン、香港、中国・韓国諸都市などの短距離国際線に就航可能な機材として選ばれたと考えられる。
B4型は、1986年から91年の5年間で8機が導入され、その内2機は国際線仕様で、ビジネス32席、エコノミー223席の計255席であった。残りの6機は、B2型と同じくオールエコノミーの298席であった。エンジンはB2型と同じく、GE製であった。
初号機のJA8237は、純粋な中古機ではなく、リビア航空に貨物機(C4型)として納入予定であったが経済制裁で納入できずに保管されていた機体を旅客仕様に改修したものであった。自動車で言うところの新古機あり、客室右側前方に大型の貨物ドアが残っていた。

続いて、B4型導入の終盤とオーバーラップする形で、600型が導入された。600型は、A310型で開発された2人乗務のグラス・コクピットや後部胴体、ウイングチップなどを取り入れた次世代機である。
JASが導入したのは航続距離延長型の600R型で、1991年から2002年までの11年間で22機が導入された。B2型のときと同じく、90年代中盤以降に旅客型の主力がA330に移った後も導入が続いたため、貨物型に混じって生産され、最終3機は旅客型の最終3機でもある。
エンジンは今回はPW製が選ばれ、客室は、当初はオールエコノミーであったが、1997年のボーイング777の導入にあわせてスーパーシート(ビジネスクラス相当)が導入され、スーパーシート12席、エコノミー280席の計292席となった。
また、JA014D〜JA016Dの最終3機は、B4型2機に替わる国際線仕様として、ビジネス34席、エコノミー205席の計239席で運用されていたようである。このうち最終のJA016Dは、JALとの経営統合後の納入となったため、真っ白の塗装で納入され日本でアークカラーに塗装されたが、中国との航空協定の関係から小さなJASのロゴも書き加えられていた。
国際線仕様を含む600型は、JALとの経営統合後は国内線専用機として、徐々にアークカラーに塗り替えられるとともに、客室もクラスJ(プレミアムエコノミー相当)が導入され、クラスJ 34席、エコノミー256席の計290席に改修された。

2002年のJALとの経営統合まで一貫して増備が続けられた結果、最大36機(総導入数は39機)のフリートが形成されたが、JALとの経営統合後は、まずB2/B4型の退役が始まり2006年までに完了した。一方600型は、機齢も若く、22機とまとまった数があったためか、先に触れたように塗装変更、客室改修を施されJALの国内線機材の一翼を担った。しかしそれも長くは続かず、2010年から一気に退役が始まり、当初2011年3月で退役完了の予定であったが、東日本大震災の影響で5月まで延命された。

退役後の状況は、B2/B4型は1/3が現役であるが、残りは解体や部品取りとなったものが多い。一方600型は、機齢も若く、2人乗務機でもあることから、21機が貨物機に改修(一部は改修中)され今後も運用される他、残る1機も旅客型としてイランで現役である。

さて、忘れてしまいそうであるが、わが国にもう1社、A300型を導入した航空会社があった。
佐川急便傘下のギャラクシーエアラインズ(GXY)が、2機の600型貨物機を導入している。1機目は、元中華航空の600R型を改修したもので、2006月4月に登録された。もう1機は新造機で、2006年11月に登録された。
GXYは、2006年10月31日に就航したが、原油価格の高騰などに対応できず、2008年9月28日に運行を終了した。わずか2年足らずであった。運行にあたっては、JASから引き継いだA300を運行していたJALの支援を受けていたようである。
機材の行方は、1号機は機齢が高かったこともあり、リース会社に引き取られたものの解体されたようである。2号機はレバノンで現役である。

ということで、「にほんのエアバスA300」を公開。

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