旅客機:ERJ170/175

2012年10月22日 (月)

旧JALグループの旅客機

ANAに引き続きJAL。
まずは、JAS, JACを除いた旧JALグループ。具体的には、JAL, JEX, JTA, J-AIR, RACの5社。

グラフは、
  コミューター機(80席未満)
  国内線向けの双発ナローボディ機
  国内線向けのワイドボディ機(多発ナローボディ機を含む)
  国際線向けの機材
という、大きく4区分で描いた。多発のナローボディ機(DC-8や727)はジェット黎明期の機材であり、ワイドボディ機で置き換えられたと考え、ワイドボディ機のカテゴリーに含めた。

なお旧JALグループの場合、767-200が国際線・国内線共通機材であったが、国内線向けとして集計している。

旧JALグループの現有機材は、2012年4月時点で、コミューター機24機, 1,400席、国内線向けナローボディ機48機, 7,600席、国内線向けワイドボディ機35機, 11,700席、国際線向け機材64機, 約14,800席、合計171機, 35,600席という陣容である。

Jal

コミューター機は、J-AIRとRACの2社が運行している。
J-AIRは、1991年に前身である西瀬戸エアリンクのEMB-110, 2機をジャルフライトアカデミーが引き継いで発足したが、早々にBAe Jetstream, 5機に置き換えられた。2000年からこれをCRJ-200, 9機で置き換え、2008年からERJ-170, 10機を増備している。

RACは、1987年に独立会社として運行開始後、1991年にJTAの傘下に入った。当初はBN-2, 2機であったが、1992年にSWAL(後のJTA)のDHC-6を路線ごと移管を受けた。1997年から、DHC-6をDHC-8-100, 4機で置き換えるとともに、DHC-8-300も1機導入した。BN-2は、2009年に退役した。

2012年4月現在、ERJ-170が10機、CRJ-200が9機、DHC-8-300が1機、DHC-8-100が4機、合計24機の陣容である。
今後は、ERJ-170の増備が予定されている。

Jalcommuter

ナローボディ機は、45/47体制の下、1995年まではJTAのみの運行であった。
JTAは、1970年時点ではYS-11のみであったが、1978年から737-200の導入を始め、1994年からは737-400を導入し、先の2機種を置き換えた。

JALは1995年から737-400の導入を始め、1998年より運行の主力をJEXに移管した。2006年より737-800の導入を始めた。737-400はJTAに移管し、JTAの中古導入機を淘汰した。2008年から737-800の怒濤の導入が続いているが、これにはJASのMD-81/87/90の置き換え分も含まれていると考えられる。

2012年4月現在、737-800が32機、737-400が16機、合計48機の陣容である。
今後は、737-800の導入が続くが、2013年で一段落しそうである。737-400は、一部の退役が予定されているほか、置き換えは繰り延べとなっている模様である。

Jalnarrow

ワイドボディー機は、かつては45/47体制の下、JALの国内線の主力であった。
1970年時点では、CV-880や727-100が中心であったが、DC-8-61での置き換えが急速に進み、1976年4月時点では、DC-8-61を主力に、747SRも加え30機の陣容であった。727-100は、国内線・近距離国際線兼用として2機が残され、1987年まで使われた。
1983年4月時点では、DC-10の導入を終え、DC-8を半減し、33機の陣容となった。
1988年4月時点では、DC-8の退役を終え、747のClassic型、DC-10に、767-200/300も加え、32機の陣容となり、機材の大型化が進んだ。なお、767-200は、727-100に代わる、国内線・近距離国際線用の機材であった。

その後、747のClassic型を747-400Dで置き換えつつ、767-300の増備も行われ、1994年4月時点では38機の陣容となり、機数の増加に軸足が移る。
この傾向はその後も続き、DC-10を置き換えつつ、767-300、777-200/300の増備・導入が続き、2004〜5年には、51機の最盛期を迎える。この時点でも、747のClassic型が7機も残っていた。

その後、747のClassic型の本格的な退役が始まるが、会社更生法申請前年の2009年4月時点では、まだ合計47機を擁していた。
会社更生法申請後の動きは劇的で、747及び767-200を全廃し、767-300、777-200/300の3機種による35機に整理された。この間、767-300の初期導入機が、767-300/ERの国内線仕様により置き換えが始まった。

Jalwide

最後に国際線向けの機材。国内線向けのワイドボディ機と似た経過をたどっている。
1976年4月時点では、DC-8と747がほぼ同数で、37機の陣容であった。
1982年4月時点では、DC-10の導入を終え、DC-830/50を淘汰し、747も増備して、45機の陣容となった。
1989年4月時点では、DC-8の退役を終え、747をさらに増備し、DC-10の国内線からの転用も加え、55機の陣容となった。機材の大型化とともに、機数の増加も果たしている。

1990年から747-400の導入が始まるが、747のClassic型の退役は一部にとどまり、DC-10を残したままMD-11の導入も進め、1997年4月時点には84機を擁する最盛期を迎えた。767-300シリーズは、近距離専用の300型が2機導入されたのみで、300/ER型はまだ導入されていない。

その後、747 Classic型、DC-10、MD-11の退役が始まり、代わって747-400の増備、767-300/ER、777-200/ER、777-300/ERの導入が進められ、2006年4月時点では、DC-10、MD-11の退役が終わり、新世代機を中心に79機の陣容となる。しかし、747 Classic型が14機、747-400が34機と、まだ747がフリートの中核であった。
会社更生法申請までの間に、767-300/ER、777-300/ERによる747-Classic型の置き換えが進んだが、申請前年の2009年4月時点で、5機の747 Classic型、29機の747-400を擁していた。
そして会社更生法申請後は、これらの747型が一挙に淘汰される一方、若干の767-300/ER、777-300/ER、787が導入されただけで、ワイドボディ機は約2/3に整理された。
この間、アジア路線向けに737-800の国際線仕様が9機導入され、機材のダウンサイジングに拍車をかけている。
2012年4月時点では、767-300/ERが29機、777-200/ERが11機、777-300/ERが13機、787-8が2機、737-800が9機、合計64機の陣容である。

Jalint

全体として眺めると、1970〜80年代は国際線の形成期、国内幹線の充実期、1990年代は国際線の躍進期、国内線亜幹線への進出期であった。しかし2000年代に入って環境変化への対応が遅れ、国際線・国内線ともにフリートの再構築が後手に回り、会社更生法申請を経て2010年代に入って会社再建の中で一気にリストラクチャリングが進められたと見る事ができる。

2012年6月 9日 (土)

1970年以降のにほんのコミューター機、40席以上篇

70年以降に現役だった40席以上のコミューター機のまとめ。
言い換えると、40席以上で、1列4席の座席配置。日本での登場順に並べると次のとおり。

フォッカーF27フレンドシップ44席1958年就航ターボプロップ
日本航空機製造YS-1164席1964年就航ターボプロップ
フォッカー5056席1987年就航ターボプロップ
ボンバルディアCRJ50/70席1992年就航ジェット
ボンバルディアDHC-8-Q30056席1989年就航ターボプロップ
ボンバルディアDHC-8-Q40074席2000年就航ターボプロップ
エンブラエルERJ-170/17576/84席2004年就航ジェット

グラフを見て一番感じることは、YS-11の後継機種はDHC-8-Q300/400という定説は疑わしいこと。

確かに、座席数64席に匹敵するターボプロップ機はQ400しかないが、Q300, CRJを含む新世代機の導入が始まる以前に、YS-11の退役は終盤に差し掛かっており、機数でも席数でも2000年前後に大きな谷ができてしまっている。
これを正しく読み取ると、YS-11を置き換えたのは737-400/500, MD-81/87/90, A320など120〜160席のナローボディ機であり、新世代のコミューター機は2000年以降に新たな路線、新たな運用方法で導入が始まったとみるべきであろう。

すなわち、かつてYS-11が就航していた羽田、伊丹などと地方都市を結ぶローカル線は、その需要の伸びに応じて、また地方空港の滑走路の延長に伴って、ナローボディ機、場合によっては767,A300などワイドボディ機によって代替されていった。一方新世代のコミューター機は、地方都市間に発掘した新たな需要に適した機材として、あるいはローカル線の多頻度運行など新たな運用方法に適した機材として、導入されていったという見方である。


機種ごとの動きを見ていくと、各機毎の記事で考えたことでもあるが、まずDC-3をヘロン、ノール、コンベアライナーなどで置き換え、間にフレンドシップやバイカウントなどの中継ぎをはさみながら、最終的にYS-11に置き換えていったのが1960年代の動き。1960年代後半からは、727やDC-9によるジェット化も始まっていた。
その後1980年にかけて、需要の増大にあわせてYS-11の中古機導入が行われるが、やがてローカル線のジェット化に伴い、YS-11の退役が始まる。

1990年代には、小牧空港をベースとする中日本エアラインサービスによって、新たな都市間輸送を開拓するためにフォッカー50が導入されたが、少数勢力に終わった。同時期には、YS-11を使って千歳、福岡などを拠点とする都市間輸送の路線開拓が始まり、日本近距離航空(NKA→ANK)、日本エアコミューター(JAC)などが設立され、YS-11も移管されていった。

そして2000年代に入って、DHC-8-Q300/Q400, CRJ, ERJ170/175など新世代のコミューター機の登場を受け、ANK, JACのYS-11を置き換えたり、新たな地域航空会社の設立に伴って導入されたりし、現在では機数、席数ともにYS-11の最盛期に迫る勢いを見せており、状況はなお進行中である。

DHC-8-Q300/Q400がYS-11の後継機種となったのは、この最後のフェーズにおける約20機の代替のみであり、残る約60機のYS-11はナローボディー機によって代替されたと考えられる。
YS-11は単に小型の航空機であって、現代の区分で言うコミューター機ではないことがわかった。

ということで、特に更新はないが、関連する機種のリスト。

にほんのノール262
にほんのコンベア240/440
にほんのフォッカーF27,フォッカー50
にほんのビッカース バイカウント
にほんの日本航空機製造YS-11
にほんのボンバルディアCRJ
にほんのボンバルディアDHC-8
にほんのエンブラエルERJ-170/175

commuter_o40_planes

commuter_o40_seats

2012年4月12日 (木)

「にほんのエンブラエルERJ-170/175」公開

あんまり馴染みがないんだけど「にほんのエンブラエルERJ-170/175」を作成。

この子はなんかカッコわるいんだよな。アヒルの子って感じ。

ダブル・バブル構造とかいう胴体のせいで主翼より上に胴体がたくさん見えるからかしら。でも似たような成り立ちのボーイング377ストラトクルーザーはかっこ良かったぞ。
それとも胴体に比べてエンジンの直径が小さいからかしら。主翼より後の胴体が長い気もするなぁ。

しかしセールス的にはがんばってるんだそうな。
技術的にも、エンジンナセル後縁のギザギザなど、ボーイングより先行しているぞ。

国内は、とりあえず16機で終わりなのかな?
JALはオプション行使するんだろうか?

新鶴丸は未登場。J-AIRだからカッコ良くなるか?