旅客機:DC-9, MD-80/90

2012年12月10日 (月)

11〜12月のMD-90の動き

Douglas_dc9_121210ロゴが消されていたJA006Dが、11/16に抹消された。
新しいレジはN952DN。Nレジは順番に付されるかと思ったが、最後の番号が割り当てられた。すでに残りの番号は決まっているのか。

これで残りは4機。次の退役は、JA8065とJA8070らしい。

ということで「にほんのマクドネル・ダグラスDC-9, MD-80/90」を更新。

2012年11月16日 (金)

10〜11月のMD-90の動き

Douglas_dc9_1211107月より運用を外れていたJA8069が10/2に、9月より運用を外れていたJA8064が10/23に、それぞれ抹消された。
JA8069にはN948DNが、JA8064にはN946DNが、それぞれ割り当てられた。

9月より運用を外れているJA006Dのロゴが消されていることから、JA006DがN947DNだろうか?

残り4機の状況は変わらず。

ということで、「にほんの マクドネル・ダグラス DC-9, MD-80/90」を更新。

2012年10月24日 (水)

旧JASグループの旅客機

旧JALに引き続き、旧JAS。
具体的にはJASとJAC。HACは、最終的にグループを離脱したので含めなかった。

なお、JALとの経営統合の経過は次の通りである。
  2002年10月 共同持株会社設立(経営統合)
  2004年04月 日本航空ジャパンに商号変更、全便JAL便に
  2006年10月 JALに吸収合併

グラフは、
  コミューター機(80席未満)
  国内線向けの双発ナローボディ機
  国内線向けのワイドボディ機(多発ナローボディ機を含む)
  国際線向けの機材
という、大きく4区分で描いた。多発のナローボディ機(DC-8や727)はジェット黎明期の機材であり、ワイドボディ機で置き換えられたと考え、ワイドボディ機のカテゴリーに含めた。

なお旧JASグループの場合、A300B4とA300-600に国際線仕様があったが、運用時期が判然としないので国内線向けとして集計している。

旧JALグループの現有機材は、JALとの合併後に一挙に整理が進み、2012年4月時点で、コミューター機22機, 1,200席、国内線向けナローボディ機13機, 2,000席、国内線向けワイドボディ機7機, 2,600席、国際線向け機材なし、合計42機, 5,800席という陣容である。

Jas

コミューター機は、JACが運行している。
JACは、1983年にDo228, 2機で運行を開始した。その後JASからYS-11を路線ごと移管を受けた。
1992年から、Do228をSaab340Bで置き換え、1995年4月時点では、YS-11とSaabの2機種による18機の陣容となった。

その後、Saabの増備を続ける一方、経営統合後の2002年よりDHC-8-400の導入を始め、YS-11を置き換えた。
2012年4月現在、DHC-8-400が11機、Saab340Bが11機、合計22機の陣容である。
シンプルな置き換えと、フリートの拡大である。

Jascommuter

ナローボディ機は、YS-11からスタートした。その後、行政指導でJALに召し上げられていた727が返還されるが、当時のTDAは2名乗務のDC-9を選択し、1980年4月時点では、この2機種による64機のフリートが形成された。ナローボディ機の機数のピークは1980年から82年の3年間で、席数的にもその後と遜色のない規模に達していた。

1981年からDC-9-41のDC-9-81への置き換えが始まり、YS-11も若干数を減らし、1985年4月時点では、3機種による57機の陣容となり、機材の大型化が始まる。
1985年からはDC-9-81と同型ながら新世代のコクピットを備えたMD-81の導入が、また1988年からはMD-81と同世代で短胴のMD-87の導入も始まったが、これらはDC-9-41を置き換えるというよりは、YS-11をジェット化、大型化するという意味合いが強いようだ。またこの間、JACへのYS路線の移管が始まった。1992年4月時点では、5機種による55機の陣容となった。

その後、DC-9-41/81の置き換えが、MD-81の増備、MD-81をグラスコクピット化したMD-90の導入で進められ、2000年から2007年の8年間、MD-81/87/90の3機種による42機体制が続いた。

JALへの吸収合併後、まずMD-87が早々に淘汰された。次いで一部がJEXに移管されたMD-81が淘汰された。そして最後にMD-90の淘汰が現在進められている。
この間JALでは737-800の大量増備が行われているが、737-800はこれらMDの3機種, 42機に加え、JEXの737-400, 8機も置き換えており、MDの3機種の一部は削減対象であったことがわかる。

Jasnarrow

ワイドボディー機は、かつては45/47体制の下で国内幹線への就航に制約があったこともあり、JALやANAより導入時期が遅く、1980年より始められた。
機種はエアバスのA300で、B2型、B4型、600型と一貫して増備が続けられ、JALとの経営統合前までに、3機種合わせて36機が導入された。これらの一部は国際線にも運用された。
また、1996年からはA300と平行して、777-200が7機導入され、2000年から2002年の間は、これら4機種による43機の陣容となった。

JALとの経営統合を経て、まずB2/B4型3機が600型で置き換えられ、その後B2/B4型が順次削減されていった。JALへの吸収合併後の2007年4月時点では、A300B2/B4の淘汰が終わり、A300-600と777-200の2機種による29機の陣容となる。
この状態が、JALの会社更生法申請の2010年まで続いた。しかし、その後2011年までの1年間で、22機のA300-600が一挙に淘汰され、2012年4月現在、777-200の7機に整理された。

Jaswide

最後に国際線向けの機材。
JASは、45/47体制の崩壊を受け、1988年より国際定期便に就航した。当初はA300B4の一部に国際線仕様を設定したが、同時に長距離の路線就航に向けて、DC-10-30を2機導入した。
しかしDC-10を生かす路線開拓が思うように進まず、後に傘下のハーレクィンエアによるチャーター運用などを経て、2000年までに退役した。


全体として眺めると、1970年代から1980年代前半はYS-11とDC-9による基礎固めの時代、1980年代後半から1990年代前半はワイドボディ機の導入期、1990年代後半から一挙に拡大を図ったが、2000年代に入り破綻し、JALとの統合に至った。1990年代後半に一挙に拡大路線に転じていた事が、2000年代の環境変化への対応を困難にしたと考えられる。
統合後のJASの処分は、JACの路線と機体、MDが飛んでいた地方路線(機体は737-800へ転換)、そして777-200の機体の3つを残して解体されたと見る事ができよう。

2012年10月12日 (金)

9月の動きの補足

登録情報などを追加。

まずMD-90。
JA8066は、9/11に抹消となった。
また、JA8066が復帰した代わりに保管となっているJA006Dのロゴが消され、右エンジンも装着された。これで退役・渡米が確定と思われるので、JA8029に予約されていたN946DNがJA006Dに移ると考えられる。そこで両機の予約レジをN9xxDNとしておいた。来月にはJA006Dは確定するだろう。

次いでボーイング737。
AKXの500型、JA352Kが9/12に抹消された。
また、ANAの700型、JA18ANが10/7よりAIR NIPPONを消去された。

最後にボーイング767。
JALの300型、JA8267が9/20に抹消。
ANAでは300型、JA8256が9/14に抹消。また同じくANAの300型、JA8257は部品取りとなった模様。

ということで、「にほんのマクドネル・ダグラスMD-90」「にほんのボーイング737」「にほんのボーイング767」を更新。

2012年10月 8日 (月)

9月のマクドネル・ダグラスMD-90の動き

9月の話題をさらった機種。

1番目のトピック。
JA8070が9/23より新鶴丸に!
無駄と思いつつ新鶴丸の凡例を作っておいたご利益か?
ただ、黒字が出たからといって、再上場で国庫に返却できたからと言って、赤字消却を理由に法人税負けてもらっている状況では、無駄遣いでしょう!
やっぱり、一旦清算した方が明朗だった気はする。

次いで2番目のトピック。
3月より右エンジンが外されて放置されていたJA8029が、9月下旬より運用復帰!
代わってJA006Dが、9月上旬より右エンジンを外されて放置状態。JA006Dでエンジン以外の部分に不具合が発生し、そのまま退役のはずだったJA8029を復活させた、といったストーリーか?

JA006Dに他に、JA8064も9月上旬より保管。こちらは既にロゴも消されているが、Nレジは未定の模様。

退役は、7月より保管となっていたJA8066とJA8069。それぞれ9月上旬と10月上旬の模様。既にマラーナに送られ、それぞれN939DN、N948DNのレジで改修中の模様。

出入りはあったが、今月は実質的に1機減で、残る現役機は4機。


ということで、「にほんのマクドネル・ダグラスMD-90」を更新。

※先月のエントリーでリストのファイルが更新されていませんでした。失礼しました。^_^;;

2012年9月 4日 (火)

7・8月のMD-90の動き

MD-90の動き。

まずは抹消から。
JA002Dが7/10(N942DN), JA003Dが8/21(N943DN), JA004Dが7/26(N944DN), JA005Dが6/29(N945DN)。
当初予定されたNレジとはまるで異なる順番になりつつあります。

次いで保管。
JA8066が7月上旬から保管、8月上旬にはロゴを消された。
また、JA8069がおそらく7月中下旬から保管、8月下旬にはロゴが消された。
このほか、JA8029が4月からロゴ付き、左エンジンなしで放置状態。

以上より、運用中は、JA8064, JA8065, JA8070, JA8020, JA006D(以上導入順)の5機となった。

ということで、「にほんのマクドネル・ダグラスDC-9, MD-80/90」を更新。

2012年6月29日 (金)

1970年以降のにほんのナローボディ機

70年以降のにほんのナローボディ機のまとめ。
対象となる機種は、日本への導入順に列挙すると、DC-8、CV-880、B727、B737、DC-9, MD-80/90、A320/321である。

narrowbody_planes

グラフをみると1990年前後に大きな谷ができており、ここが大きな転換点となっている。
1990年頃までは、1960年代から導入が始まったジェット機の第1世代の時代であった。JALのDC-8, B727、SWALのB737-200、ANAのB727, B737-200、TDAのDC-9などが各社の看板機種として導入された。

ちなみにSuper80のロゴを入れていたTDAのDC-9-81は、あえてDC-9-41とパイロット資格を共通化できるコクピットを装備していたことから、ここでは第1世代に含めている。一方ほぼ同じ機体のMD-81は、次世代のコクピットを装備していたことから、ここでは第2世代に含めている。

第1世代機の退役時期に谷ができてしまったのは、これら第1世代機の置き換えに二つの方向性があったためと考えられる。

一つは、主に幹線に就航していた機材で、これらは1970年代に登場したワイドボディ機で置き換えられた。JALのDC-8, B727はB747SRやDC-10で、ANAのB727はトライスターやB747SR, B767-200で置き換えられ、代替となるナローボディ機は導入されなかった。これらの第1世代機は、洋上飛行も可能な中長距離用の3〜4発機であり、航空機関士を含む3人乗務であることが共通している。1972〜74年の70機以上をピークに、その後漸減し、1990年に姿を消した。

もう一つは、亜幹線やローカル線に就航していた機材で、これらはターボプロップ機であるYS-11のジェット化・大型化の受け皿ともなりつつ、1990年代以降になってややキャパシティの大きなナローボディ機に置き換えられたと考えられる。ANAのB737-200はA320やB737-500に、SWALのB737-200はB737-400にである。
TDAのDC-9は、これらを折衷した動きと考えられ、一部をワイドボディのA300で置き換える一方、YS-11を代替しつつ、最終的に直系の発展型であるMD-90やMD87で置き換えられたと考えられる。
こちらの第1世代機は、短中距離用の双発機であり、航空機関士を必要としない2人乗務であることが共通している。1980〜92年の40機強をピークに、2002年に姿を消した。

このように第1世代のナローボディ機が大きく2つに分けられることは、後者の双発機のみでグラフを描いてみるとよくわかる。1990年前後の谷がなくなり、右肩上がりの単純な正常進化のグラフとなる。
また、グラフには参考としてグレーでYS-11を描き加えたが、YS-11を加えてもグラフは破綻せず、右肩上がりのままである。YS-11のかなりの部分が双発のナローボディ機で置き換えられたことがわかる。

narrowbody_twin_planes

双発のナローボディ機は、その後第2・第3世代機と継続的に導入されていく。MD80/90シリーズが1985年から、A320/321が1990年から、B737-400/500が1994年から、そしてB737-700/800が2005年からの導入となっている。

MD80/90シリーズは、JASにおいてDC-9-41/81を置き換え、JALとの経営統合後も使用されたが、MD-87が2008年に、MD-81が2010年に退役したほか、MD-90もおそらく今年度中に退役し、B737-800への機種統一が図られようとしている。

A320/321は、当初はANAのみが導入した。ANAでは160席級以上はA320/321、130席級はB737-500と棲み分けを図ろうとしたように見えるが、その後競合機であるB737-700/800を導入する一方、平行していったん休止していたA320の導入を再開するなど混沌とした状況となり、機数としては伸び悩み状況となった。しかし2005年のスターフライヤー、2011年以降のLCC各社への採用により、今後大幅に機数を増やしていくものと考えられる。

B737の第2世代機は、大きくは200型と同じクラシック型に分類されるが、CFM56を装備した400/500型で、当初は200型の置き換えとして導入された。JTAでは大型化して400型が、ANAでは同じ席数の500型が選択され、これらは生産がNG型へ移行すると中古機での導入が続けられた。この他400型は、45/47体制の終焉で亜幹線に進出したJALに新造機が、ANAに八丈島線用の中古機が、新規参入組のスカイネットアジアに中古機が導入された。
JALグループの400型は最終的にJTAへ集められ、中古導入機の退役が完了し、今後は新造導入機の退役が始まる予定である。ANAの500型は、7機がAIR DOへ移籍、残る18機がANAウイングスへ移管され、ANAウイングスでは中古導入機の退役が始まっている。ANAの400型は、AIR DOへ移籍し、その後スカイネットアジアに再移籍している。スカイネットアジアの400型は、800型への置き換えが始まっている。

B737の第3世代機は、第2世代と同じCFM56装備ながらアビオニクス等を一新した700/800型で、JALグループ、ANAグループの亜幹線、ローカル線の主力となっている他、新規参入組のスカイマーク、ソラシドエア(旧スカイネットアジア)でも採用されている。
700型はANAのみの導入で2005年から、800型はスカイマークが最初で同じく2005年から導入が始まったが、関西、中部の開港、羽田の沖合展開などの環境変化を背景に、ここ数年は急速な導入が進んでいる。


ということで、特に更新はないが、関連する機種のリスト。
にほんのダグラスDC-8
にほんのコンベア880
にほんのボーイング727
にほんのボーイング737
にほんのマクドネル・ダグラスDC-9, MD-80/90
にほんのエアバスA320

2012年6月12日 (火)

MD-90の退役が進行中

3月より保管中だったJA8004が、5/22付で登録抹消され、デルタ航空に移籍した。新しいレジは、N940DNである。
JALのMD-90は全機にデルタ航空の予約が為されているようで、JAレジ順にNレジが予約されているらしいが、必ずしも予定通りに事は運ばないようである。備考欄に予約されているNレジを記したが、既に2機が他の機に番号を奪われN9xxDNとしか表記できなくなっている。

その他、駐機スポットでの目撃情報が多いJA8029, JA002D, JA005Dの3機を保管扱いとした。JA002Dなどは1月から運用されていないのに、3月に運用を外れたJA8004に先を越されている。色々あるのでしょう。

この結果MD-90は残り9機。今年(度)中に全機退役の予定だそうだが、そんなにたくさん737-800は来るの?

ということで、「にほんのマクドネル・ダグラスDC-9, MD-80/90」を更新。


DC-9シリーズは既にグラフを描いていたが、区分を細かくして描き直したので、再度くわしく考察。

DC-9-41は、1974年から導入が始まり、5年を要して1979年に全22機機が出揃っている。DC-9-31/51は、発注した新造機到着までの継ぎで、31型は41型初期グループ納入までの継ぎ、51型は41型最終グループ納入までの継ぎとしてNレジで短期リースされている。

しかし41型は22機が出揃った2年後の1981年には初期機の退役が始まり、同時により大型のDC-9-81(Super 80)の導入が始まっている。
41型の当初の退役数と81型の導入数がほぼ同数で、1990年まで両機の合計が21機と一定であることから、81型は41型の一部をより大型の機材に置き換えるために導入された考えられる。
なお、TDA/JASが導入したDC-9シリーズの席数は次のとおり。

DC-9-41Y128
DC-9-81Y163
MD-81Y163
MD-87Y134
MD-90P18 Y132 計150

DC-9-81は1981年の1年間で8機の導入を終え、その4年後の1985年からMD-81の導入が始まる。MD-81の導入は、1994年までの10年間をかけて徐々に行われ、18機が導入された。
なお、DC-9-81とMD-81は、一般には途中で呼称が変わっただけの(ほぼ)同一の機種であるが、TDA/JASの場合、81型は41型と同一の操縦資格で操縦できるコクピットを装備していたのに対して、MD-81では本来のより進化したコクピットを装備していた。

MD-81に遅れること3年、1988年からMD-81の短胴型であるMD-87の導入が始まり、MD-81より2年早い1992年までに8機の導入を終えた。
またMD-81の導入が終わった翌年の1995年からは、MD-81を更に近代化したMD-90の導入が始まる。MD-90は1998までの4年間で16機が導入された。

MD-87の座席数はDC-9-41とほぼ同じであり、MD-87の導入とほぼ同時に残りのDC-9-41の退役が始まっていることから、MD-87はDC-9-41の置き換えを主目的に導入されたと考えられる。

ただし、DC-9-41の退役が13機であるのに対して、MD-87は8機の導入であり、一部は機材の大型化を図ってMD-81又はMD-90で置き換えられたと読める。
この時期には、DC-9-41の退役に続き、DC-9-81の退役も始まった。41型に操縦資格を揃えた81型がパイロットの確保上問題になったのであろう。

MD-87とMD-90の導入数計24機は、DC-9-41とDC-9-81の残存数21機とほぼ符合する。
これらのことから、MD-81はフリートの拡大を主目的に、MD-90はDC-9-41の大型化とDC-9-81の置き換えを主目的に導入されたと考えられる。

それにしても、DC-9シリーズのグラフは水平な部分が多い。1980年代はDC-9-41の導入数に等しい21〜22機、1990年代はMD-81の導入でフリートを拡大し、DC-9-41/81の退役が終了した2000年代は42機、というのがTDA/JASのジェットフリートの規模であったことがわかる。

JALとの統合後、MD-81の一部がJEXに移籍したが、その後ボーイング製への機種統一のため急速な退役が進んでおり、おそらくは今年(度)中に日本の航空会社からダグラス機が消えることとなろう。


douglas_dc9

2012年5月 7日 (月)

「にほんのマクドネル・ダグラスDC-9, MD-80/90」を拡張

現役機種のリスト作成は終わったが、高度成長期以降の我が国の旅客機の変遷を見るために、退役機種のリスト作成に着手。

まずは、MD-90のリストを拡張して、DC-9, MD-80/90のリストを作成。

旧日本エアシステムのみが導入した機材だが、けっこうな数が導入されている。
1990年代以降は40数機体制を維持。総席数に直すと6,000席以上! チリも積もればなんとやら。
DC-9-41をMD-81で置き換え、さらにMD-90で置き換えるという、概ね3巡しているように見える。

さすがの名機。日本の空の一翼を担ってきたことがわかる。
ただし、ここ1〜2ヶ月でまた何機か退役しそうでだ。今年いっぱいぐらいで消えてしまうのか。

なお、短期リース導入したDC-9-51については、何機導入されたのかいまいち判然としない。

ということで、「にほんのマクドネル・ダグラスDC-9, MD-80/90」を更新。


McDonnell Douglas DC-9, MD-80/90

2012年4月17日 (火)

「にほんのマクドネル・ダグラスMD-90」公開

お祝い事はないけれど、ひそかに生き残っている「にほんのマクドネル・ダグラスMD-90」を作成。

737とともに息の長い設計だった。
先祖であるDC-9の初飛行は1965年、737の初飛行は1967年。
DC-9の末裔は、ボーイング717を含めて生産終了だけど。

下から見ると主翼が小さい。翼面荷重高そう。
2+3で横5列という座席配置は、バランス悪くないのかな?
昔乗った時、14インチぐらいのテレビがたくさんぶら下がっているのが印象的だった。

JASの置き土産なので、随時退役中。嫁ぎ先は全部デルタなの?

果たして新鶴丸は出現するか!
めいっぱい期待を込めて凡例だけはつけておこう。