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2012年10月24日 (水)

旧JASグループの旅客機

旧JALに引き続き、旧JAS。
具体的にはJASとJAC。HACは、最終的にグループを離脱したので含めなかった。

なお、JALとの経営統合の経過は次の通りである。
  2002年10月 共同持株会社設立(経営統合)
  2004年04月 日本航空ジャパンに商号変更、全便JAL便に
  2006年10月 JALに吸収合併

グラフは、
  コミューター機(80席未満)
  国内線向けの双発ナローボディ機
  国内線向けのワイドボディ機(多発ナローボディ機を含む)
  国際線向けの機材
という、大きく4区分で描いた。多発のナローボディ機(DC-8や727)はジェット黎明期の機材であり、ワイドボディ機で置き換えられたと考え、ワイドボディ機のカテゴリーに含めた。

なお旧JASグループの場合、A300B4とA300-600に国際線仕様があったが、運用時期が判然としないので国内線向けとして集計している。

旧JALグループの現有機材は、JALとの合併後に一挙に整理が進み、2012年4月時点で、コミューター機22機, 1,200席、国内線向けナローボディ機13機, 2,000席、国内線向けワイドボディ機7機, 2,600席、国際線向け機材なし、合計42機, 5,800席という陣容である。

Jas

コミューター機は、JACが運行している。
JACは、1983年にDo228, 2機で運行を開始した。その後JASからYS-11を路線ごと移管を受けた。
1992年から、Do228をSaab340Bで置き換え、1995年4月時点では、YS-11とSaabの2機種による18機の陣容となった。

その後、Saabの増備を続ける一方、経営統合後の2002年よりDHC-8-400の導入を始め、YS-11を置き換えた。
2012年4月現在、DHC-8-400が11機、Saab340Bが11機、合計22機の陣容である。
シンプルな置き換えと、フリートの拡大である。

Jascommuter

ナローボディ機は、YS-11からスタートした。その後、行政指導でJALに召し上げられていた727が返還されるが、当時のTDAは2名乗務のDC-9を選択し、1980年4月時点では、この2機種による64機のフリートが形成された。ナローボディ機の機数のピークは1980年から82年の3年間で、席数的にもその後と遜色のない規模に達していた。

1981年からDC-9-41のDC-9-81への置き換えが始まり、YS-11も若干数を減らし、1985年4月時点では、3機種による57機の陣容となり、機材の大型化が始まる。
1985年からはDC-9-81と同型ながら新世代のコクピットを備えたMD-81の導入が、また1988年からはMD-81と同世代で短胴のMD-87の導入も始まったが、これらはDC-9-41を置き換えるというよりは、YS-11をジェット化、大型化するという意味合いが強いようだ。またこの間、JACへのYS路線の移管が始まった。1992年4月時点では、5機種による55機の陣容となった。

その後、DC-9-41/81の置き換えが、MD-81の増備、MD-81をグラスコクピット化したMD-90の導入で進められ、2000年から2007年の8年間、MD-81/87/90の3機種による42機体制が続いた。

JALへの吸収合併後、まずMD-87が早々に淘汰された。次いで一部がJEXに移管されたMD-81が淘汰された。そして最後にMD-90の淘汰が現在進められている。
この間JALでは737-800の大量増備が行われているが、737-800はこれらMDの3機種, 42機に加え、JEXの737-400, 8機も置き換えており、MDの3機種の一部は削減対象であったことがわかる。

Jasnarrow

ワイドボディー機は、かつては45/47体制の下で国内幹線への就航に制約があったこともあり、JALやANAより導入時期が遅く、1980年より始められた。
機種はエアバスのA300で、B2型、B4型、600型と一貫して増備が続けられ、JALとの経営統合前までに、3機種合わせて36機が導入された。これらの一部は国際線にも運用された。
また、1996年からはA300と平行して、777-200が7機導入され、2000年から2002年の間は、これら4機種による43機の陣容となった。

JALとの経営統合を経て、まずB2/B4型3機が600型で置き換えられ、その後B2/B4型が順次削減されていった。JALへの吸収合併後の2007年4月時点では、A300B2/B4の淘汰が終わり、A300-600と777-200の2機種による29機の陣容となる。
この状態が、JALの会社更生法申請の2010年まで続いた。しかし、その後2011年までの1年間で、22機のA300-600が一挙に淘汰され、2012年4月現在、777-200の7機に整理された。

Jaswide

最後に国際線向けの機材。
JASは、45/47体制の崩壊を受け、1988年より国際定期便に就航した。当初はA300B4の一部に国際線仕様を設定したが、同時に長距離の路線就航に向けて、DC-10-30を2機導入した。
しかしDC-10を生かす路線開拓が思うように進まず、後に傘下のハーレクィンエアによるチャーター運用などを経て、2000年までに退役した。


全体として眺めると、1970年代から1980年代前半はYS-11とDC-9による基礎固めの時代、1980年代後半から1990年代前半はワイドボディ機の導入期、1990年代後半から一挙に拡大を図ったが、2000年代に入り破綻し、JALとの統合に至った。1990年代後半に一挙に拡大路線に転じていた事が、2000年代の環境変化への対応を困難にしたと考えられる。
統合後のJASの処分は、JACの路線と機体、MDが飛んでいた地方路線(機体は737-800へ転換)、そして777-200の機体の3つを残して解体されたと見る事ができよう。

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