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2012年6月13日 (水)

「にほんのダグラスDC-8」公開

非現役のナローボディ機シリーズその1

コミューター機の検討が終わったので、1970年以降のナローボディ機に挑戦。
最初は、導入時期の古い順ということで、「ダグラスDC-8」。

旅客型は、合計48機が導入された。在籍数のピークは1972〜76年の40機前後で、その後徐々に退役が進み、1987年に退役が完了した。

32型はターボジェット時代の決定版で1960年に3機が、33型はその航続距離延長型で1960〜61年に2機が導入された。しかし、5機体制が出そろった2ヶ月後にに32型1機が事故抹消となり4機体制となってしまう。これら4機は1974年(度)までおよそ15年間使用された。

53型は33型をターボファンに換装した型、55型はその航続距離延長型である。1962〜67年の5年間をかけて10機、更に先の事故抹消32型を再生した53型を加えた11機が導入された。2機が事故抹消、1機が貨物型に改修されたが、他は1981年まで使用された。

30シリーズ、50シリーズは144席の仕様であった。

61型は、234席を誇る中距離型で、1969〜71年の3年間で新造機9機、イースタン航空の中古機7機の16機を集中的に導入した後、1973年にもイースタン航空の中古機を2機導入し、18機のフリートとした。また、1972〜3年からはイースタン航空から5機をリースで導入し、ピークの1974〜5年は23機を運用した。その後リース機を徐々に返却した後、1980年から所有機の退役が始まり、1987までにすべてが退役した。

62型は、61型ほどのストレッチはせずに航続距離の延長に重点を置いた型で、JALでは165席の仕様であった。1968〜71年の3年間で10機が導入され、1983年から退役が始まり、61型と同じく1987まで運用された。

旅客型の国際/国内別の運用状況に関する資料が見あたらないので確たることは言えないが、導入時期との関係で直接の代替機種を探ると、30/50シリーズは747-100/200/SRやDC-10で、60シリーズは747-300やDC-10、767-200/300で置き換えられたと考えられる。


貨物型は、合計11機が導入された。

8F-55型は貨客混載型で、1965〜66年に2機が導入された後、1970年代からは貨物専用として運用された。その後1970年前後に3機を短期リースで導入した他、1977年には55型を一旦売却し貨物型に改修後3年間リースしている。

62AF型は、長距離仕様である62型の貨物型で、1968~72年に5機を導入している。

貨物型のピークは、1972〜79年の7機で、8F-55型と62AF型の新造機数と同じである。短期リース機は62AF型納入までの継ぎ、55型改修機は1977年に事故抹消となった62AF型の補充であったと考えられる。

747貨物型の導入進捗にあわせるように、1980年以降退役が始まり、旅客型と同じく1987年(度)に退役が完了した。


旅客型、貨物型共に、1960年代にフリートを形成し、1970年代は747の初期型とともにJALフリートの中核を形成した機種であったことがわかった。


Douglas_dc8

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