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2012年6月 2日 (土)

「にほんのフォッカーF27, フォッカー50」公開

非現役の40席以上のコミューター機シリーズその2

その2は「にほんのフォッカーF27, フォッカー50」。

F27フレンドシップは、ANAがYS-11導入前夜の1960年代前半に25機と大量導入した。
F27の導入は1964年末で終了するが、翌1965年からANAはYS-11と727-100の導入を開始する。これら2機種が一定数に達した1970年以降、F27は機齢10年前後で放出されていく。

即納可能で、ある程度実績のある機種として選ばれたと考えられるが、YS-11が実用に足るとみるやお払い箱になったのか、44席というキャパシティーが都市間輸送には小振りだったのか。
YS-11のライバルとして、フレンドシップとともに名前が挙げられる機種にアブロ748がある。フレンドシップが1958年の運行開始で44席、アブロが1962年の運行開始で40〜58席、YS-11が1965年の運行開始で64席という数字を並べてみると、1960年前後の段階ではフレンドシップしか選択肢はなく、キャパシティ云々は言っていられなかった事情がわかる。やはり中継ぎだったとみるべきだろう。

退役後のフレンドシップは、ドイツ、インドネシア、パキスタンなどに渡り、パキスタン国際航空のものは近年まで飛んでいたようだ。

その20年後、中日本エアラインサービスの立ち上げに際して、フレンドシップを近代化したフォッカー50が導入された。小牧をハブとする地域航空会社としてスタートしたため、導入機数は4機と少なかったが、フレンドシップの特徴的な姿が日本の空に戻ってきた。大型化され56席となり、新しいエンジンに6枚翅のプロペラも装備されたが、1950年代風の段付きの機首の形状はそのままである。

中日本エアラインサービスがエアセントラルと名を変え、ANAの100%子会社としてANAウイングスに統合されていく過程の中で、機種統一のためにDHC-8-400に置き換えられ、15年前後の機齢で退役していった。初号機であるJA8875は、2007年の退役まで赤い旧塗装で過ごした。

退役後のフォッカー50は、まだ機齢20年前後であり、コンゴ、スウェーデン、インドネシア、モンゴルの空で現役である。

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