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2012年6月 9日 (土)

1970年以降のにほんのコミューター機、40席以上篇

70年以降に現役だった40席以上のコミューター機のまとめ。
言い換えると、40席以上で、1列4席の座席配置。日本での登場順に並べると次のとおり。

フォッカーF27フレンドシップ44席1958年就航ターボプロップ
日本航空機製造YS-1164席1964年就航ターボプロップ
フォッカー5056席1987年就航ターボプロップ
ボンバルディアCRJ50/70席1992年就航ジェット
ボンバルディアDHC-8-Q30056席1989年就航ターボプロップ
ボンバルディアDHC-8-Q40074席2000年就航ターボプロップ
エンブラエルERJ-170/17576/84席2004年就航ジェット

グラフを見て一番感じることは、YS-11の後継機種はDHC-8-Q300/400という定説は疑わしいこと。

確かに、座席数64席に匹敵するターボプロップ機はQ400しかないが、Q300, CRJを含む新世代機の導入が始まる以前に、YS-11の退役は終盤に差し掛かっており、機数でも席数でも2000年前後に大きな谷ができてしまっている。
これを正しく読み取ると、YS-11を置き換えたのは737-400/500, MD-81/87/90, A320など120〜160席のナローボディ機であり、新世代のコミューター機は2000年以降に新たな路線、新たな運用方法で導入が始まったとみるべきであろう。

すなわち、かつてYS-11が就航していた羽田、伊丹などと地方都市を結ぶローカル線は、その需要の伸びに応じて、また地方空港の滑走路の延長に伴って、ナローボディ機、場合によっては767,A300などワイドボディ機によって代替されていった。一方新世代のコミューター機は、地方都市間に発掘した新たな需要に適した機材として、あるいはローカル線の多頻度運行など新たな運用方法に適した機材として、導入されていったという見方である。


機種ごとの動きを見ていくと、各機毎の記事で考えたことでもあるが、まずDC-3をヘロン、ノール、コンベアライナーなどで置き換え、間にフレンドシップやバイカウントなどの中継ぎをはさみながら、最終的にYS-11に置き換えていったのが1960年代の動き。1960年代後半からは、727やDC-9によるジェット化も始まっていた。
その後1980年にかけて、需要の増大にあわせてYS-11の中古機導入が行われるが、やがてローカル線のジェット化に伴い、YS-11の退役が始まる。

1990年代には、小牧空港をベースとする中日本エアラインサービスによって、新たな都市間輸送を開拓するためにフォッカー50が導入されたが、少数勢力に終わった。同時期には、YS-11を使って千歳、福岡などを拠点とする都市間輸送の路線開拓が始まり、日本近距離航空(NKA→ANK)、日本エアコミューター(JAC)などが設立され、YS-11も移管されていった。

そして2000年代に入って、DHC-8-Q300/Q400, CRJ, ERJ170/175など新世代のコミューター機の登場を受け、ANK, JACのYS-11を置き換えたり、新たな地域航空会社の設立に伴って導入されたりし、現在では機数、席数ともにYS-11の最盛期に迫る勢いを見せており、状況はなお進行中である。

DHC-8-Q300/Q400がYS-11の後継機種となったのは、この最後のフェーズにおける約20機の代替のみであり、残る約60機のYS-11はナローボディー機によって代替されたと考えられる。
YS-11は単に小型の航空機であって、現代の区分で言うコミューター機ではないことがわかった。

ということで、特に更新はないが、関連する機種のリスト。

にほんのノール262
にほんのコンベア240/440
にほんのフォッカーF27,フォッカー50
にほんのビッカース バイカウント
にほんの日本航空機製造YS-11
にほんのボンバルディアCRJ
にほんのボンバルディアDHC-8
にほんのエンブラエルERJ-170/175

commuter_o40_planes

commuter_o40_seats

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